秋田県には、十和田湖、田沢湖、八郎潟、と三つの大きな湖がある。
三湖物語とは、この三つの湖を舞台とした、秋田県全域に叉がる壮大なスケールの龍神伝説のことである。
秋田県の北部、鹿角(かずの)というところに、たいそう親孝行で心のやさしい、八郎太郎という若者が住んでおった。
太郎はある日、仲間二人と共に山仕事に出かけた。
この日、太郎は昼の食事を作る当番だったので、山から奥入瀬川に下り岩魚を三匹つかまえた。
岩魚を焼いて、仲間を待っていたが、おいしそうなにおいに、空腹の太郎はつい一匹を食べてしまった。
そのあまりの旨さに堪えきれず、もう一匹、もう一匹と、ついに仲間の分も全部食べてしまった。
するとどうだろう、太郎はのどがかわいて、のどがかわいて、どうしょうもなくなり、奥入瀬川の水をどんどん飲みはじめた。
太郎が夢中になって水を飲み始めてから、いったいどれ位の時間がたった時だろうか、ふと水面に写った自分の顔に気が付いた。
なんと、そこには、おそろしい形相の龍の顔があった。
龍になってしまった八郎太郎は、奥入瀬川をせき止め大きな湖をつくり、主となりそこに住み着いた。
それが、現在の十和田湖である。
旧八竜町の全長39メートルの龍のモニュメント。
(秋田県三種町、八竜公園)
南祖坊伝説(十和田湖)
青森県の三戸(さんのへ)という所に、南祖坊(なんそぼう)という修験者がおった。
ある日、夢枕に「鉄のわらじを履き、旅をして、その鼻緒が切れた所を終(つい)の住処にせよ」との神のお告げがあった。
南祖坊は、神のお告げのとおり、諸国を廻る旅に出かけた。
南祖坊が旅に出てから、どの位の年月が経ったかは定かではないが、生まれ故郷の近くの十和田湖に着いた時、鼻緒が切れた。
そこで、十和田湖の主である八郎太郎と南祖坊は、住家をめぐって戦いになった。
八郎太郎は八つの竜頭を持つ大蛇に化身し、南祖坊に襲い掛かり、南祖坊は鉄の杖を大地に突き立て、強力な呪文を唱えて
これに立ち向かった。
その壮絶な戦いは、七日七晩にもわたり繰り広げられた。
その戦いで十和田湖から溢れ出た大量の水が、物凄い勢いの鉄砲水となり、急峻なV字型の谷であった奥入瀬渓谷を
現在のようなコの字型の渓谷にしたのである。
戦いの結果、南祖坊が勝ち、八郎太郎は敗れてしまった。
戦いに負けた八郎太郎は、秋田県側の米代川(よねしろがわ)を下り、八郎潟に逃れ、八郎潟の主となった。
戦いに勝った南祖坊は龍に化身し、今でも「青龍権現」として人々に奉られ、十和田湖に住んでいる。
■ 十和田湖畔の「乙女の像」の森に十和田神社があり、ここに南粗坊が履いていたような大きな鉄のわらじが奉納されている。
むかし出羽の国(現在の秋田県)の西木村院内という所に、辰子というそれはそれは美しい娘が住んでおった。
辰子は、自分は歳をとっても今の美貌を失いたくないと、常日頃から思っていた。
そんなある日、辰子の枕元に観音様が現れて「これより北の山を超えた所に、清い泉が湧き出ている所がある、
その清い泉の水を飲むと願いがかなえられる」とお告げがあった。
辰子はその清い泉を探し当て、手ですくって一口飲んだ。
するとのどが渇き、もう一口、もう一口、と飲んでいる内に辰子の体はみるみる大きくなり、ついに龍になってしまった。
と、同時に、天空が裂け、大地が割れ、深い深い底なしの大きな湖(田沢湖)ができた。
龍となった辰子は、その湖の奥深く沈み湖の主となった。
辰子の母は、娘が龍になった事を悲しみ、持っていた松明(たいまつ)を田沢湖に投げ入れた。
すると、松明に尾が生え魚になって、湖の湖底深く泳いで行ったという。
この魚が、世界中でただ一ケ所田沢湖にしか生息しない「國鱒(くにます)」である。
残念ながら「國鱒」は、昭和15年、発電のため、玉川から強酸性の水を田沢湖に引き入れた為に絶滅してしまった。
三湖物語り完結偏
その後、八郎潟に落ち着いた八郎太郎は、田沢湖の辰子姫と出会い、八郎潟が凍る冬の間は、湖面が凍ることのない
田沢湖に移り住み、辰子姫と仲良く過ごしているという。 めでたし めでたし。(完)
いまでも、この三つのみずうみには、それぞれの龍神さまが住んでいる。
いままで目撃した人がいないのは、「口の軽いひと」には見えないからである。
上の写真は、潟上市の「八郎まつり」です。祭りに関しては写真をクリックして下さい。(写真は潟上市の広報からお借りしたものです)